チカラ 第6話



  美沙希に連れられ自宅へと戻ってきた宏輝は、先ほど見つけた幼稚園の時に使っていたスケッチブックを眺めていた。
 家に戻ってきたとき、父親はまだ何か言いたげだったが、姉が間に入り話をさせなかったのだ。宏輝は姉に心から感謝をしていた。
 スケッチブックを見ていると昔のことを思い出す。
 あの頃の友達のいなかった宏輝は絵を描くことで、あかりと話を出来ると思っていた。そしてあかりは宏輝の期待通りに、絵を描いている宏輝に話しかけてくれたのだ。宏輝はそれが嬉しくて毎日絵を描いていたものだ。
 スケッチブックを見ていると、少しずつ絵が上手くなっているのが分かる。最初が下手すぎるだけな気もするな。そんなことも思った。
 それ以降気付いたらあかりと宏輝が一緒にいる時間は長くなっていた。引っ込み思案で話下手な宏輝だったが、あかりだけとは普通に話せるようになったのだ。
 そんなあかりと、今日は上手く話すことが出来なかった。ここ3年くらいはまともに話が出来なくなってしまった。全ては中学1年生の時の出来事だった。
 高田慶広。その名を思い出すと、怒りと、それを上回る恐怖に心が支配される。
 宏輝は高田慶広からいじめを受けていたのだ。今でも覚えている。あれは中学校に入学して2ヶ月くらい経った頃の出来事だ。
 小学生の時努力して、あかりと共に私立の水鳥学園中等部に入学した。それが間違ってたのかもしれないが、それはただの結果論だ。考えるだけ無意味だろう。
 その頃には宏輝はあかりをただの幼馴染としてだけでなく、一人の女子として意識をしていた。中学生にもなれば、徐々に身体も成長していて、あかりは女の子から女性への成長をはじめていた。意識しない方が難しいだろう。
 簡単に言えば宏輝はあかりが好きだったのだ。その気持ちは高校生になった今でも変わることはない。
 クラスこそ違うクラスになってしまったが、あかりの友人である奈穂とも仲良くなり、3人で居る時間が増えていて、それが楽しかった。今思えば、宏輝の人生で一番楽しかった2ヶ月間かもしれない。
 それが終わりを迎えてしまったのは、突然だった。

 宏輝はクラス委員長であり、クラスのリーダー格である高田慶広に呼び出された。理由は宏輝には見当もつかなかった。その時高田慶広に言われた事は今でも覚えている。
「梶本君だっけ?君、A組の早坂さんと仲が良いみたいだね。彼女と仲良くするのはやめた方が良いと思うよ」
 宏輝は全く意味が分からずに、高田慶広に聞き返した。
「どういう意味?全く意味が分からないんですけど……」
「言葉通りの意味だよ。とにかく、忠告はしたからね。僕の忠告を聞かなかったら、どうなってもしらないからね」
 その時高田慶広が浮かべた邪な笑顔は、今も宏輝の脳内に焼き付いている。そして、それだけ言い残すと、高田慶広は宏輝の前から姿を消した。
 宏輝は正直言って訳が分からなかった。高田慶広が突然そんなことを言ってきた理由は今でも分からないし、あかりと仲良くするのはやめた方が良いという言葉の意味も分からなかった。だけど、あかりと仲良くするのを辞めるつもりは無かった。
 宏輝は翌日も今まで通りにあかりと共に登校した。その日の朝、高田慶広が宏輝の近くにやってきて「あーあ。忠告守らなかったみたいだね」と一言だけ呟いた。それが宏輝にとって地獄のような日々の始まりだった。
 宏輝に対するいじめが始まったのだ。高田慶広は頭が良かったので、教師にばれるようなことは一切せずに、小さないじめの繰り返しだった。それに高田慶広本人が実行するわけでは無く、実際に何かをするのは高田慶広を中心にしたグループのメンバーがほとんどだった。
 一度教師に話をしてみたのだが、信じてもらえなかった。高田慶広は優秀で教師のお気に入りだったのだ。何故か教師に宏輝が怒られたのを覚えている。その時から宏輝は人間、特に大人というものを信じられなくなっていった。
 宏輝はいじめが始まってからも、いじめられているという事実をあかりに気付かれないようにしながら、それまで通りの関係を続けようとしていた。それは宏輝なりの意地でもあったし、何よりあかりと一緒にいたいという気持ちが強かった。あかりと一緒にいれるなら、このくらいは我慢できると思っていた。
 そんな日々が続いていると徐々にいじめは巧妙にエスカレートしていった。
 最初の内は持ち物が隠されたり、弁当に悪戯されたりするレベルだったのが、いつの間にか宏輝自身も肉体的に攻撃されることもあるレベルにまでなっていた。事故にみせかけて、宏輝自身を攻撃するようになってきたのだ。
 宏輝は教師に相談する気にもなれなかった。どうせ宏輝の話などまともに聞いてくれないのだ。一人で戦い続けていた。
 正直いって辛かったが、あかりと話が出来なくなるのはそれ以上に辛いと思った。その時の宏輝にとっての全てといっても過言ではなかったのだ。
 そんな日々が2ヶ月くらい続いた頃、事態は変化した。なかなか屈しない宏輝にしびれを切らしたのか、高田慶広が再び宏輝を呼び出したのだ。
「君もなかなかしぶといね。だけど、そろそろ僕の言うことを聞いておかないと、取り返しのつかないことになるかもよ?」ものすごく不機嫌そうな声だった。
「取り返しのつかないこと……?」
「早坂さんって、結構かわいいからねー。もしかしたら暴走する奴らが出てきちゃうかも。そうなったら、一生物の傷を負うかもしれないね」そう言って不気味に笑った。
 当時の宏輝には良く意味が分からなかったが、今考えれば大体の意味は分かる。普通に考えたら中学1年生のすることでは無いだろう。だけど、高田慶広ならやりかねないと思う。分かり切ったことではあるが、高田慶広は普通では無いのだ。
「暴走する奴らが出てきちゃうかも」とか、あくまでも自分とは関係無いように言ってはいるが、全て高田慶広の命令で動くに決まっている。常に自分の安全を確保しながら行動しているのだ。
 何を言いたいのかはよく分からなかった当時の宏輝だが、このままだとあかりにまで危険が及ぶということは分かった。宏輝はあかりが傷つくのは嫌だったし、それが自分のせいだとしたら尚更嫌だった。
 宏輝はその日の夜、あかりと仲良くするのを辞める決心をした。決心をした時は、涙が止まらなかった。最後に話をしておこう、と思い電話をかけたのを覚えている。
 中学1年生の頃は携帯電話なんて持っていなかったから、家の電話にかけた。あかりが電話に出たとき、止まりかけていた涙が再びこぼれ落ちた。
 その電話の最後に「ちょっと色々あって、明日から一人で学校行くから」と言って電話を切った。電話を切った後も、やっぱり涙が止まらなかった。1日で1年分くらいの涙を流した気がする。  次の日から宏輝はあかりを突き放し始めた。登下校も一人でするようにしたし、話しかけられても適当に返事をして、すぐにその場を立ち去った。高田慶広のグループに誤解をされて、あかりを傷つけられたくなかったのだ。
 その日の放課後、高田慶広が再びやってきて、「君もそこまで馬鹿ではないみたいだね。まぁ、とにかく僕の話を聞いてくれたみたいでよかったよ。このままちゃんと忠告を聞いてれば、悪いことにはしないからさ」と呟いた。
 宏輝はその高田慶広の顔を殴ってやりたかった。でも、それをしたらおしまいだと思った。1対1でも高田慶広に勝てる気はしなかったし、そんなことをしたら大事になってしまうのは分かっていた。それにあかりの身も危なくなると思ったのだ。
 それに心のどこかで、いじめから解放されることへの喜びを感じてしまっていた

 それから一週間くらい経った頃だ。宏輝の家にあかりから電話がかかってきた。
 電話の向こうのあかりは泣いているのがすぐに分かった。あかりは人前ではほとんど涙を見せなかったので、驚いた。
「ひろくん……最近どうしちゃったの?私、何か悪い事した?」その声は涙が混じって、所々聞き取りづらかった。だけど、宏輝の心には強く響いてきた。
 その場で謝ってしまいたかった。出来ることならあかりの所まで走って行って、謝りたかった。謝って、泣いているあかりの肩を抱きしめたかった。
 だけど、心の中に高田慶広の邪悪な笑顔が浮かんでくると、それは出来なかった。あかりが傷つけられるのも嫌だったし、正直言って自分がいじめられるのも嫌だった。
「別に……そういう訳じゃないけど」結局宏輝はあかりを突き放していた。
「じゃあ何で?私、全く分からないよ……」やっぱり涙混じりの声だ。その声を聞く度に宏輝の心は痛かった。
「なんでもいいじゃん。もう、僕に関わらない方がいいと思うよ」
 一瞬、何が起きたかを全部説明してしまいたくなったが、それは辞めることにした。責任感の人一倍強いあかりが、自分が原因で宏輝がいじめられたと知ったら、多分大きなショックを受けるだろう。
 それに、あかりは宏輝と違って友達はいっぱい居る。宏輝と関わるのを辞めたところで、すぐに変わりは見つかるだろう。そんな無責任なことを考えた。
「え……なんでそんなこと言うの……?」その言葉の後半はもう何を言っているのか分からない程だった。宏輝はそれ以上あかりの涙声を聞いていたく無かった。
「とにかくそういうことだから……」そう言って、半ば強制的に電話を切った。
 電話を切った後、宏輝も涙が止まらなかった。
 全ての根源である高田慶広への怒り、結果としてあかりを泣かせてしまった自分への情けなさ、そして未だに消えることが無いあかりへの思い。色々な感情をどうしていいか分からなかった。泣き疲れて眠るまで、涙が止まらなかった。
 それ以降、今日まであかりとまともに話をしてこなかった。あの時に感じた感情は今でも消えることは無い。
 だから、今日あかりと話せたのは本当に嬉しかったし、出来ることならまた話をしたいと思った。だけど、高田慶広の事を考えると、どうしても怖くなってしまう。大人は助けてくれないのだ。
 それに、あかりの気持ちがどうなっているかも分からない。理由があるとはいえ、僕自身が早坂あかりという存在を拒絶してきたのだ。
 昔のことや今日のことを思い出していたら、宏輝の眼から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「何泣いてるんだろ」と声に出し、自嘲的に笑ってみたが、涙は止まらなかった。




  早坂あかりは電気を消した暗い部屋で、ぬいぐるみを抱きかかえ泣いていた。最近はこうやって泣くことも少なかったのにな……と、あかりは心の中で呟いた。
 今あかりが抱いている人形は、大分前に幼馴染である宏輝が誕生日にプレゼントしてくれたものだ。
 多分今涙が止まらないのは、3年近くの間まともに会話出来なかった幼馴染と、久しぶりに会話をしたからだろう。
 公園で宏輝が傘も差さずに、ベンチに座り込んでいるのを見つけたときは凄く驚いた。だけど、話しかけるチャンスかもしれない。と思い、意を決して話しかけたのだ。
 あかりの読み通りという訳ではないが、宏輝はあかりの言葉に応じてくれた。だけどやっぱり、昔とは違い何か距離があったように思えた。
 ある時から突然宏輝は、あかりのことを拒絶し続けていた。あかりにはその理由が分からなかったし、それが辛かった。あの日からずっと理由を考えているのだが、答えは見つからない。そもそも、もう3年前の出来事なのだ、何か理由があったとしても忘れてしまっている可能性もあるだろう。
 宏輝に突き放された直後は毎日、今みたいに一人で泣いていた。あかりはずっと宏輝の事が好きだったのだ。
 だから今の状況はとても辛い。戻れるなら時計の針を3年前に戻して、もう一度やり直したかった。3年前からやり直しても駄目なら5年前、それでも駄目なら10年前からやり直したいくらいだ。だけど、そんなことをどれだけ願ってみても、過去に戻ることは出来ない。
 ただ、現実の時間は戻すことが出来なくても、あかりと宏輝、二人の間の時計だけでも戻したいと思っていた。それは実際に時間を戻すよりはよっぽど現実的だ。
 この3年間、何度も宏輝に話しかけてみようと思った。だけど、勇気が出ないことが大きかった。
 話しかけて突き放されてしまうのが怖かった。普段はあんまり他人のことは気にしないようにしているのだが、宏輝だけは特別で、宏輝だけには嫌われたくないと思っていた。
 だから、話しかけることで辛い現実を突きつけられてしまうのが嫌で、どうしても逃げてしまったのだ。
 本当は誰かに泣きついて、助けを求めたかったが、それも出来なかった。あかりは他人に心配をかけるのが嫌いなのだ。全ての問題を自分一人で解決しようとしてしまうのだ。
 幼い頃のあかりは体質が弱く、すぐに熱を出して倒れ込んでしまい、両親に大きな心配をかけながら育ってきた。一人娘であるあかりのことをかわいがっていた父親は、あかりが倒れたと聞くと、会社を早退して家に帰ってきてしまう程だった。
 あかりは父親の笑顔が好きだった。自分が倒れてしまうと、父親が凄く心配そうで辛そうな表情をするのが、あかりにとっても辛かった。他人に出来るだけ心配かけないようにしたいと子供心に思い始めたのはその頃だ。
 あかりは幼稚園に通い出してから、少しずつ変わっていった。友人が出来て、幼稚園に行くのが楽しかったからか、倒れることが少なくなっていった。
 そしてあかりを決定的に変えたのは宏輝の存在だ。
 幼いあかりは教室で一人絵を描いていた宏輝に不思議な魅力を感じていた。勇気を出して近づいて話しけてみると、あっさりと宏輝はあかりのことを受け入れてくれたのだ。
 それから二人が仲良くなるまでに時間はかからなかった。最初の内は宏輝は自分から口を開くことは少なく、あかりの言葉に反応するだけだったが、徐々に口数も増え、宏輝の方から話しかけてくることも増えた。
 気がついたら二人はいつも一緒にいるようになっていたのだ。
 お互いの母親も意気投合したらしく、家族で行動を共にすることも多くて、あかりは今でも宏輝の姉の美沙希を本当の姉のように慕っている。
 家も近かったため小学校も同じ所に通った。小学生にもなると、女子のあかりと男子の宏輝がいつも一緒にいるのを茶化されたりもしたが、あかりは気にならなかった。
 あかりの中では宏輝と一緒にいるということは、当然のことになっていたのだ。
 中学は一緒に受験をすることにした。これは二人の母親が決めた方針だったが、二人で努力して水鳥学園に入学することができた。水鳥学園は大学までエスカレーター式になっている為、このまま行けば少なくとも大学までは一緒の所に通うことになる。
 あかりは宏輝といつまでも一緒にいれると思っていたし、そうなればいいと願っていた。
 だけどその願いは叶わずに、今の状態になってしまった。
 高校に入ってから宏輝が学校に姿を見せなくなっているのはものすごく気になっていた。全てのことが自分のせいに思えてくるのだ。
 心当たりが何か有るわけではない。だけど、自分を責めずには居られなかった。宏輝のことを責めてしまいたくは無い。
 今日、宏輝が自分のことを突き放さずに、家まで来てくれたのは嬉しかった。ぎこちなかったけど、会話をすることも出来た。
 だけど、何だか違和感を感じてしまったのも確かだった。高校生となりすっかり大人に近い風貌になった宏輝が自分の部屋にいるということも少し違和感があったし、やっぱりどこか他人行儀なところがあった。
 そんなことを思い出す度に、あかりの眼からは涙がこぼれ落ちていた。涙は日宏輝に貰ったぬいぐるみに落ちていく。
 あかりは涙で濡れたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。「なんでこんな風になっちゃったのかな?」人形に向かって呟く。
 当然人形は口を開かなかった。
 あかりは物言わぬ人形をより一層強く抱きしめた。




 「私も、ちょっと有力そうな話が聞けたんだよ。今の祐介の話を聞いてそれに確信が持てた」奈穂は祐介に、堀仁美から聞いた話を話すことにした。祐介は完全に聞く姿勢に入っていた。
「堀仁美っていう女の子いたでしょ?中学の時祐介とも同じクラスだったはずなんだけど」
 祐介は少し考えるような素振りを見せてから、言った。
「堀仁美……ああ。眼鏡かけた大人しい女の子だったよな?」
「そうそう。その堀さんから聞いた話なんだけどね、宏輝に高田達のグループが接触してた時期があるらしいのよ」
 祐介は「ほぉ……」とつぶやき、眼で続きを話すように促した。
「1年の時だから、祐介が転入してくる前の話かな。それで堀さんがいうにはね、その接触があった頃から宏輝の雰囲気が変わったっていうのよ」
「ちょい待ち。何で堀仁美は他の誰もが気付かなかったことに気付いたんだ?」祐介も奈穂が感じた疑問と同じ疑問を持ったようだった。
「堀さんが言うにはね、彼女は高田達のグループが怖くて、行動を観察してたんだって」
「確かに……。言われてみれば堀仁美は、色々な物を怖がっているような感じだったな。そういう人間の方が周囲をしっかりと観察するのかもしれないな。ただでさえ中学生なんだから、そうでもないと自分のことでいっぱいいっぱいな人間が多いだろう」
 奈穂はうなずいた。祐介の言っていることはもっともだと思ったのだ。
「だから、高田が絡んでるのは間違いないとみて良いんじゃないかな。祐介の情報と私の情報、両方が嘘で有る可能性は低いと思う」
「ああ。そうだな」
 祐介はそういうとなにやら考え込むような表情を浮かべている。奈穂は祐介の出方を窺うことにした。祐介は考えがまとまったのか、ゆっくり口を開いた。
「奈穂ちゃんの話を聞いてだな、今日話そうか迷っていたが、話しても良さそうなことがあるんだけど聞きたいか?」
「そりゃ、聞きたいに決まってるでしょ」
「これはな、高田のグループのメンバーから聞いた話なんだが、どうやら奴らは宏輝のことをいじめていたらしい」
「え……」奈穂は言葉を失ってしまった。宏輝がいじめられていることに気付かなかった自分が情けなかったのだ。
「ちょっと待ってよ。なんで高田の仲間がそんなことをあんたに話したの?」
「んー、高田慶広に不満を持ってるみたいだったから、ちょっとゆさぶってみたら話してくれたぜ」祐介は事も無げに言って見せる。
「それはまぁいいとしてもね、何で宏輝がいじめられなきゃいけなかったのよ?」
「そこ何だがな、そいつの話を完全に信頼するのであれば、高田慶広は宏輝とあかりちゃんが仲が良いのが気に入らなかったらしいぜ」
 奈穂は黙って聞いていた。思うことは色々あったが、とりあえず考えるのは後回しにすることにした。
「それで二人の仲を引き裂こうとしたわけだ。ようするに単純な嫉妬だな。高田はあかりちゃんに好意を持っているらしい。それで自分より地味な宏輝が、あかりちゃんと仲が良いのに嫉妬したってわけだ」
「最低ね……」奈穂はそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。
「ああ、もしこの話が本当だとしたら、最低だな。だけど、この話が真実だと仮定すれば、全部の辻褄が合うだろ?宏輝とあかりちゃんが中1の時におかしくなったのは、高田の嫉妬のせい。そして堀仁美が見た接触している姿っていうのはいじめの現場だったってわけだ。そしてそんなことがあれば、宏輝が学校を恐れるのは当然だ」
「そうみたいね。十中八九間違いないと私は思うけど」奈穂の中では100%高田慶広が怪しいと思えていた。
「俺も感情では間違いなく高田慶広は最悪の人間だと思う。だけど、一応もう少し調べて確証を探してみるよ」
「何か私に出来ることある?」ただ祐介の結果を待つというのは、なんとなく嫌だった。
「そうだな……さっき言ってた堀仁美にもう少し話を聞いてみてくれないか?例えば何かいじめっぽい現場を見なかったか、とか。もしあのクラスで気付いている人がいるとすれば、堀仁美の可能性が高いと俺は思う」
「了解。そっちの方は当たってみるよ」そう言ったは良いが、奈穂の頭の中には一つの疑問が浮き上がってきた。
 仮に全ての根源は高田慶広だったとしよう。それの確証が掴めたとしたところでは、自分たちに何が出来るのだろう。不用意に動いて失敗すれば、宏輝やあかりに危険が訪れるかもしれない。 「ねぇ、祐介。もし、高田が悪いって証拠を掴めたとしてさ、その後どうするの?」
「そうだな……」そう呟くと祐介はまた何か考えているような素振りを見せた。「2度とそんな汚い真似は出来ないようにしてやるさ。俺個人の感情としてな、高田慶広は許せない」祐介の発言は頼もしくも感じられたが、そんなことが可能なのか不安にもなる。
「そんなこと出来るもの?」
「ああ。俺に考えがある。もうちょっと色々考えてはみるが、多分出来るとは思う。ただ、俺と奈穂ちゃんだけでは無理だわな」
「私達以外の誰の力を借りるっていうのよ」
「決まってるだろ。宏輝だ」祐介は自信満々に言い放つ。
 奈穂は正直面食らってしまった。祐介は宏輝に復讐をさせようとしているのだろうか。
「考えてもみてくれ。何故高田慶広は宏輝のことをいじめるような真似をしたんだ?」祐介が奈穂に問いかける。
「あかりと仲の良い宏輝に嫉妬したんでしょ?祐介が言ったんじゃない」
「そうだ。つまり、高田はあかりちゃんの事が好きと考えても問題ないだろう。それをふまえて高田の性格を考えてくれ、奴は何事においても自信満々といった感じだろ?何故そんな高田が宏輝をいじめて、あかりちゃんとの仲を切り裂くような姑息な手段を選んだんだと思う?」
「高田の考えてることなんて分かるわけ無いじゃない」
「いや、奈穂ちゃんなら分かるはずだ。奈穂ちゃんは宏輝とあかりちゃんの2人の事をよく知っているはずだからな」
 奈穂は祐介に言われたとおりに考えてみることにした。
 確かに、自分に自信があるならそんな姑息方法をとる必要はなかったはずだ。正々堂々勝負をすればいい。
 それをしなかったのには理由があるということだ。その理由として考えられるのは……奈穂の頭の中に1つの考えが浮かんだ。
「分かった気がする。高田は、宏輝に勝てないと思った訳ね。あの頃の二人は本当に仲が良かったから、そう思っても不思議じゃないわ」
「流石奈穂ちゃんだ。俺もそう思うぜ。つまり、一度高田は宏輝に勝てないと思ったわけだ。それで宏輝とあかりちゃんの仲を引き裂くという選択肢を選んだと考えられる。全部推測の域は出ないけどな」
「やっぱり、最低ね……」奈穂はそれ以外に何という言葉を当てはめていいのか分からなかった。
「逆に考えれば、なんとかして宏輝とあかりちゃんの仲を元通りにすることが出来れば、高田は宏輝に勝てないということだ」
「確かにそういうことになるわね。でもそんなこと可能なの?それに、また同じ事を繰り返して、宏輝とあかりを傷つけるだけにならない?」
「方法は確かに考えなきゃいけないが、傷つけるだけにはならないさ。いや、俺達がさせないんだ。今は俺も、奈穂ちゃんもいる。中1の時とは違うんだ」
「でも、私は前は気付かなくて、何も出来なかった」
「今と前は違うんだ。前は出来なくても今回は色々なことを知っている。知っていれば出来ることだってあるさ」
 なんだか奈穂の目に祐介がとても頼もしく写った。祐介がいれば、なんとかなるかもしれない。そんなことを考えていた。
「まぁ、でも考えなきゃいけないことが多すぎるわな……」祐介が呟いた。
「そうね。今話してたことが全て正しいという確証もないし、あかりと宏輝を元通りの関係に戻す方法も考えなければいけない。だけど、きっと何か見つかるよ。私と祐介がちゃと考えればね」
「そうだな。俺たち二人でやるだけやって、駄目ならまた考えればいい。奈穂ちゃんはやっぱり頼りになるぜ」
 頼りになるのは祐介の方だよ。奈穂は心の中でそう呟いたが、口に出すことは出来なかった。
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