チカラ 第2話



  宏輝は電車に揺られていた。平日の昼間、しかも雨が降っているとあって乗客は少なかった。
 買い物に行くと思われる主婦風の女性や、暇を持て余しているような老人が何人か乗っているだけで、宏輝のような若者は他に見かけなかった。
 それは平日の昼間であることを考えればごく当然のことだろう。
 少し時間が経てば、学生服を着た若者の姿が多く見えるのだろうが、今はまだそういった若者達は学校にいるはずなのだ。
 宏輝は自分が周囲から浮いている気がした。
 本来ここに居るべきでは無い宏輝が、電車に乗っている事を周囲の人々に責められているように感じていた。
 実際は赤の他人ことなんて気にも止めていないのだろうが、どうしても気になってしまう。
 宏輝自身が学校を休んでいるということに引け目を感じているから、そう思えてしまうのかもしれない。
 どれだけ「他人なんて関係無い」と思おうとしても、どうしても視線を気にしてしまう。そんな自分も嫌だった。
 そもそも宏輝は人間と関わるのが嫌になって、学校に行かなくなったのだ。
 そのせいで結局他人を気にしていたら本末転倒ではないか。そんな考えが頭に浮かんでくる。
 宏輝はその考えを振り払うように、大きく頭を振った。何かを忘れようとする時、何かから逃げようとするときに頭を振るのは宏輝の癖だ。
 半ば強引に自分の行動は間違っていない。そう思うようにした。
 電車が目的地の駅に到着した。この地域では大きな駅だけあって、電車にのって居る人の大半が席を立った。
 そこに混ざっている自分に軽い違和感を覚えながら電車を降りた。駅を足早に離れ目的地の本屋に向かう。やはり本屋も人は少なかった。
 人が少ない方がゆっくり選べるし、周囲を気にする必要もない。宏輝にとっては一番嬉しい展開だ。
 一通り店内を見て回り、最後に文庫本のコーナーにやってきた。
 ちょっと前までは本を読むといえば漫画だったのだが、最近はもっぱら小説だ。
 漫画に飽きてしまったというか、「友情」だとか「努力」だとかで、全てが良い方に向かっていく世界が下らなく思えた。
 宏輝の読んでいた漫画が少年向けの漫画だったから、なおさらそう思えたのだろう。それだけ大人になったということなのかもしれない。
 適当に棚を見回し、気になった本を手に取ってみる。本屋に来るときは下調べをしないようにしている。
 その方が面白い本と出会えたときの幸福感が倍になると思うし、面白いと勧められた本は読む前にハードルが上がってしまう気がして嫌なのだ。
 面白そうだと思った本を数冊手に取りレジへと向かう。
「カバーはおかけしますか?」眼鏡をかけた男性店員のその声に対し、お願いしますとだけ答える。お決まりのやりとりだ。
 その途中でも宏輝は店員の顔色をうかがっていた。
 やっぱりなんだか責められている気がする。眼鏡の奥の眼が「君、高校生だろ?学校はどうした」そう言ってる気がする。
 一刻も早くここから離れたい。買った本を受け取ると、足早に本屋を後にした。
 学校が終わってからの時間に外出すればいいのではないかとも思う。だけど、万が一知り合いに会ってしまうのは嫌だ。
 それに学生服を着た人間は出来るだけ見たくなかった。
 本当に意義があるのかも分からない“学校”というものの象徴に思えて、嫌いなのだ。
 ならば、どういう眼で見られているかは気になるが、今の時間に出かけた方が気楽という考えだ。
 余り長い時間外に出ているのは好きじゃない。宏輝はファーストフード店でハンバーガーを食べて帰ることにした。




  放課後の教室の雰囲気は好きだ。自分の所属するクラス等を気にせずに、気の合う者同士だけで集まっている。
 学校に定められたクラスや、勝手に決められたグループ内でのぎくしゃくした空気が感じられないのは気分が良い。
 交友関係の広い奈穂だが、どうしてもそれほど仲の良くない人と会話をするのは疲れるものだ。気を使ってしまうのだ。
 奈穂は委員会の活動で呼び出されたあかりを待つために残っている教室で、そんなことを考えていた。
 窓の外では相変わらず鉛色の空から雨粒が落ちている。天候のせいで、部活は中止となってしまった。
 雨が降っても体育館等が開いていれば筋トレや軽い運動を行うのだが、今日は他が使用しているらしく完全に中止となった。
 それならば思う存分女子高生ライフを満喫してやろう。普段は部活や勉強が忙しく、なかなか満足に遊べないのが現状だ。
 奈穂は日々の生活に満足しながらも、少し普通の女子高生といったような生活に憧れを持っている。
 クラスメイト達はそういう生活を送っている者が多い。
 友人同士で街に繰り出している者も居れば、特定のボーイフレンドを作り放課後は常に2人でいるような者もいる。
 奈穂だって全く興味が無いわけではない。今までも奈穂に言い寄ってきた男子生徒は何人もいるくらいで、結構男子生徒に人気がある。
 それも当然で奈穂は性格も明るく、容姿も魅力的だった。それでいて勉強も出来ると、まさに完璧と言えるような存在なのだ。
 奈穂は自らに言い寄ってくる男子生徒に魅力を感じていなかった。ほとんどが同級生なのだが、なんだか凄く幼く見えたのだ。
 今日もこれから遊びに行くのはあかりとだ。やっぱりあかりと居るのが一番落ち着くし、楽しい。
 それに最近あかりの様子がちょっとおかしいのも気になっていたから、丁度良い機会だ。
「奈穂ちゃーん。今日も宏輝は来てないのか?」
 後ろから男子生徒が奈穂に声をかけた。声の主は三澤祐介だった。
「うん。来てないよ。突然どうしちゃったんだろうね」
 三澤祐介と奈穂は中学時代からの友人だ。祐介はもともと宏輝と仲良くなった友達で、宏輝を介して奈穂とも会話をするようになったのだ。
 やはり突然学校に姿を見せなくなった宏輝が気になっているようで、ちょくちょく奈穂達の教室に顔を出している。
 高校で同じクラスになれたら良かったのだが、祐介は隣のB組の所属だ。
 クラスが発表されたときに「なんで俺だけ…」と嘆いていたのを覚えている。
「うーむ。やっぱ奈穂ちゃんも気になるだろ?」
「そりゃあね。気にならないわけないでしょ」
「だよなぁ。んじゃ、後で連絡してみるかな……」
 奈穂も何度か連絡をとってみようかと思ったことはあった。今は携帯電話があるのでボタン一つで簡単に連絡することはできる。
 普段はあまり迷ったり、躊躇ったりせず、どんどん行動するところのある奈穂にしては珍しく、何を話したらいいか分からなくて実行出来なかった。
 出たとこ勝負で行動してはいけない事の気がしている。
「私も連絡してみた方がいいのかな、とは思ってたんだよね。祐介に任せちゃっていいかな?」
「おう。それは全然構わないんだが……何か連絡する口実みたいなもんない?」
 おそらく祐介も不安なのだろう。自らに何も言わずに突然学校に姿を見せなくなった親友が、何を考えているか全く分からないのだ。
 もし、会話が上手く行かなかった時のために口実が欲しいのだろう。
 祐介は今時の若者といった雰囲気なのだが、実際はかなり思慮深く、大人なのだと奈穂は評価していた。
 最初宏輝に友人だと紹介されたときには何故この2人が仲良く出来るのか疑問に思ったものだ。
 宏輝は良くも悪くも大人びていて、勢いで行動する若者を嫌っていた。そんな宏輝とこの祐介は意気投合出来るようには思えなかった。
 しかし、それが勘違いだと気付くのに時間はかからなかった。
 話している内に今の評価に変わっていて、不思議なことにいつの間にか祐介のことを認めていた。
 多分宏輝もこんな感じで気がついたら仲良くなっていたんだろう。
「うーん。ホームルームで配られたプリントなら、宏輝の机にたまってるけど……」
 奈穂も必死に考えたのだが、連絡する口実になりそうな事なんてそれくらいしか思い浮かばなかった。 「プリントかぁ。それならいけそうだな」祐介は少しの間のあと、そう言った。おそらくプリントを口実に出来るか考えていたのだろう。

 ガラッと音を立てて教室の扉が開き、あかりが教室に戻ってきた。
 祐介の存在に気付くと、少し驚いたような顔をしながら奈穂達のもとに歩み寄る。
 あかりと祐介が軽く挨拶を交わすのを見届けた後、奈穂が口を開く。
「結構早く終わったんだね。勝手にもうちょっと時間かかるのかと思ってたよ」
「今日は簡単な連絡だけだったからね」そう言いながらあかり笑みを浮かべる。
 奈穂はあかりの笑顔が好きだった。あかりの笑顔を見ていると、こっちまで自然と笑顔になってしまう。
「んじゃ、女の子同士の時間を邪魔するのもあれだし、俺はそろそろ行くとしますか」
「そっか。またね、祐介。プリント任せたからね」
「おうよ!この俺様に任せておけば安心ってもんよ!」祐介は大げさに胸を張って、胸をたたいて笑ってみせる。
「はいはい。そういうのはいらないから」奈穂は出来るだけ冷たく聞こえるようにそう言った。
 祐介がアホなことを言ったときは、そうするようにしている。いつの間にか出来ていたお決まりの流れだ。
「ちぇ。相変わらず冷たいのな。あかりちゃんも、またな」
 2人のやりとりを見て、笑っていたあかりが「うん。またね、三澤君」と返すと、宏輝の席経由で教室からでていった。
 祐介が教室から出て行くのを見届けると、あかりが口を開く。「2人で何の話してたの?」
「ちょっと宏輝の話をね。ほら、今のままだと机の中のプリントが溢れちゃうじゃん?それを届けて貰うことにしたのよ」
 なるべく冗談ぽく聞こえるように努めていた。
 口には全く出さないが多分宏輝の事を一番気にしているのは奈穂でも祐介でもなく、あかりだろう。
 なんせあかりと宏輝が知り合ってから、もう10年以上経っているのだ。だけど、ある時から二人の関係はおかしくなっていた。
 奈穂が二人と出会った時は、確かに仲が良かったのだ。それが、中学2年生になった時にはおかしくなっていた。
 奈穂には宏輝があかりを避けているように見えた。理由は分からないけど、二人の仲を引き裂く程の何かがあったんだろう。
 奈穂は昔の二人の仲の良さを知っているからこそ、今の微妙な空気はやっぱり気になるし、何とか出来るなら何とかしたいと思っていた。
 それ以降、奈穂は出来るだけあかりの前で宏輝の話をしないようにしている。宏輝の名前が出ると、あかりの表情が一瞬曇る気がする。
 あかりが辛いと思う話を無理にする必要は全くない。
「そんな事よりさ、早く遊び行こうよ!せっかく神様がくれた休みなんだからさ!」
「そうだね。滅多に無い自由時間なんだから、存分に楽しまなきゃね」奈穂の強引な話題転換を気にする素振りも見せずに言った。
 あかりも奈穂と同じ陸上部に所属しているため、あまり自由に放課後を使える時間は無いのだ。
 色々な厄介ごとは忘れて存分に楽しんでやろう。と、思いは一つになっていた。
 とりあえず学校に居ても仕方がない。二人はとりあえず大きな駅まで行くことにした。




  宏輝が家に帰ってくると、それを見計らったかのように携帯電話に着信があった。祐介からだった。
 電話を手に取り、通話ボタンを押すと「おっす。久しぶりだな」宏輝が口を開く前に、祐介の声が聞こえてきた。
「久しぶり」と普通に返したはいいが、正直少し戸惑っていた。
 学校に全く顔を出さなくなってから、友人と話をするのは初めてだから、何を言われるのか不安だった。
「今から宏輝の家行くけど、平気だよな?」
「え?」突然の発言に驚き、思わず声を漏らす。「それは別にいいんだけど、何で突然?」
「いやね、黒川の奴が机の中のプリント届けろってうるさくてさ。最初は奈穂ちゃんがたのまれてたんだけど、用事有るみたいだったから俺が変わりに来ることにしたって訳よ。 とにかくそういう訳だから、俺に見られたら困るような物は今のうちに隠しとけよ」
「祐介に見られて困る物なんて……たくさん有りすぎて隠しきれないよ」
「宏輝……いつの間に俺に隠し事なんて……」
「嘘だよ。嘘。祐介に見られて困る物なんて何も無いさ」笑いをこらえながら言った。何だか久々の感覚で、可笑しかった。
「そうだよな!それでこそ宏輝だ」祐介が笑いながら言う。
 祐介の笑い声を聞いたら何だか笑いを堪えられなくなって、2人で笑っていた。
 ひとしきりそうした後、「んじゃ、俺電車乗るな。後30分くらいで着くと思うから」祐介がそう言って電話が切れる。
 久しぶりの友人との会話は何だか嬉しかった。今は電話の最初に感じた不安など、どこかに吹っ飛んでしまっている。
 やっぱり祐介と話をするのは楽しいし、落ち着く。自然に会話を出来ている気がする。
 こういう機会を作ってくれた、黒川に感謝しなきゃな。そんな事を考えた。教師に感謝したいなんて思ったことは初めてだ。
 今買ってきた本を暇つぶしに読んでいると、携帯電話に着信があった。
「家の前まで来たぞー」祐介の声に対し「今行く」とだけ返し電話を切り、階段を降りて玄関に向かう。
 何となく自分のテンションが上がっているのを感じていた。少し落ち着いた方が良いな。扉を開ける前に大きく深呼吸をする。
「よし」小さくそう呟いてドアを開けると、そこには私服姿の祐介が傘を差して立っていた。
「あ、一回家帰ったんだ?」自然と言葉が出ていた。
「ぱぱっと着替えるだけ着替えてきた。何か制服って嫌いなんだよな」
「そっか。とりあえず、ここで立ち話するのも何だしあがりなよ」
「んじゃ遠慮無く、お邪魔しまーす」そう言うと祐介は、靴を脱いで家に上がってくる。
 宏輝の部屋へ移動すると、「とりあえずこれ。渡せって言われたやつな」鞄から1つのファイルを取り出し宏輝に渡す。
「このファイルは祐介のじゃないの?」気になったことをそのまま口に出してみる。
「俺がこれを受け取ったときからこのファイルに入ってたんだよな。だから持ってて大丈夫なんじゃないか?」
「そっか。それなら何か言われたら返せば大丈夫そうだね」
 受け取ったファイルを机の上に置く。
「ここに来るのも久しぶりだな」いつの間にか祐介はベッドに腰掛けていた。
「確かに。いつも祐介の家に行っちゃってたからね」
 祐介の家、正確には祐介の祖母の家は、学校から歩いていける距離に有るため、どうしてもそっちに行くことが多かった。
 祖父は既に他界してしまっているらしく、おばあちゃんと祐介の2人暮らしだから行くのも少し気楽だったのだ。
 両親が住んでる家からでも1時間半くらいかければ通うことは出来るのだが、祐介の意思で祖母の家に暮らしているらしい。
「前に来たのは……確か去年の夏休みだたっけ?」記憶の糸を必死で手繰り寄せて思い出した。
「あー、そうだな。もう1年近く前になるのか」昔を懐かしむように祐介が言った。
 それからも話題は尽きることなく二人は話し続けた。基本的に喋っているのは祐介で、宏輝は聞き役に回っている。
 しばらく話してない間に起こった面白い出来事の話、下らない話、そして西川奈穂の話が多かった。
 宏輝は祐介の奈穂に対する気持ちを知っている。祐介は奈穂に惚れているのだ。
 態度には全く出してないので、祐介自身にカミングアウトされるまでは全く気付かなくて、その気持ちを知ったときは正直驚かされた。
 何せ奈穂は宏輝を知り合わせたのは宏輝なのだ。
 多分祐介の気持ちを知っているのは、この地球上で祐介本人と宏輝の二人だけだろう。
 二人は日が暮れるまで話こんでいた。
「おっと。もうこんな時間か。そろそろ帰らなきゃな」時計をちらっと見た祐介が言った。
「そっか、今日はわざわざありがとうね」
「気にすんなって。俺もお前と久々に楽しかったからさ。んじゃ、またな。また連絡するから」
「うん。またね」
 帰路につく祐介の後ろ姿を眺めながら、やっぱり祐介と話すのは楽しいと考えていた。
 学校に行ってない事を何か言われるか少し不安だったけど、祐介はその話は全くしなかった。おそらく気遣ってくれたのだろう。
 もし話をされても、何を言って良いのか分からないから助かることではあるのだが、何だか情けなかった。
 友人にまで気を遣わせてしまってる自分が嫌だった。
 このままだと自己嫌悪の渦に巻き込まれてしまいそうだ。宏輝は逃げるように、買ってきた小説を手に取った。




  奈穂は風呂で暖まりながら、今日一日の事を思い出していた。
 予定に無かった自由時間を存分に楽しんだのはいいが、財布の中が結構ピンチだ。少し羽目を外しすぎたかもしれない。
 いつもとは違う疲労感がある。普段は部活でへとへとになっているはずの時間なのだ。
 たまには遊び疲れるっていうのもいいものだな、そんな事を思った。
 あかりも楽しそうにしていてくれたのが良かった。あかりの辛そうな姿は見たくない。
 何でも自分一人で背負い込む所があるので、心配になるのだ。
 辛そうなあかりを見る度に、力になってあげたい。と思うのだけど、奈穂が声をかけてもあかりは「大丈夫だよ」と笑うだけなのだ。
 だけど何となくその気持ちも分かる。自分の弱い部分を見せるのは勇気がいるものだ。奈穂だって出来るだけ隠そうとしてしまう。
 そういえば、祐介と宏輝はどうなったんだろう。祐介のことだから上手くはやったのだろうけど、宏輝の様子はやはり気になる。
 奈穂はやっぱり二人の友人、あかりと宏輝のことが気になって仕方なかった。
 昔はあんなに仲が良かったのだ、流石に今の状況はおかしすぎる。何か理由があるに違いない。奈穂はそう考えている。
 出来ることなら昔のように戻って貰いたかった。
 とにかく、祐介に宏輝の様子を聞いてみよう。それで自分の出来ることを考えるんだ。
 風呂からあがりパジャマに着替えると、自分の部屋に直行した。
 携帯電話を操作して発信する。3回ほど呼び出したところで「もしもし」という祐介の声が聞こえてきた。
「祐介、今ちょっと話せる?」
「別にちょっとじゃなくても、いくらでも話せるが」祐介はいつも通りのおどけた態度で言ってみせる。
「そんなたくさん話すことも無いでしょ。ただ、宏輝の様子はどうだったのかな、と思ってさ」冷静に切り返し、聞きたいことを率直に尋ねた。
「あー、やっぱそのことね。変な感じは全くしなかったけどなぁ。俺の知ってる宏輝って感じだったぞ」
「別に何かあったって訳じゃ無さそうなんだ?」
「うーむ。俺の受けた印象では特に悩んでる感じとかも感じられなかったな」
「そっかぁ……今度私も連絡してみようかな」
「そうしてみて欲しいかも。俺より奈穂ちゃんの方が付き合い長いし、何か気付くことがあるかもしれん」
「やってみる価値はあるかもね」
「だな。俺としてもやっぱ宏輝の事は気になるし、出来ることなら戻ってきて欲しいからな。あいつがいないと何かつまらん」
「そうだね。とりあえず私も連絡して色々考えてみるよ。また連絡するから」
「おうよ。俺の方も色々考えてみとくから」
「うん、お願い。それじゃまた明日」
「はーい。おやすみ」祐介のその一言で通話は切れた。
 祐介の見立てでは、宏輝は普通だったというのを聞いて少し安心した。だけど楽観は出来ないと思う。
 完全に何も無かったら学校に来ているはずだ。
 何かしら宏輝に変化が起こったはずなのだ。奈穂の頭の中ではあかりの存在がちらついて仕方がない。
 奈穂の知っている中で、宏輝の一番大きな変化はやはりあかりとの関係だろう。
 祐介が転入してきた時には、もう今のような微妙な関係だったはずだから、祐介がそれをしらないのは仕方がない。
 宏輝とあかりが仲が良かったという事実すら知らない可能性もあるだろう。場合によっては祐介に話をすることも必要になるかもしれない。
 とにかく、自分で宏輝と話をしてみよう。それまではどれだけ考えても無駄だ。今いくら考えても、所詮机上の空論。何の意味も無いのだ。
 明日連絡してみよう。それまで何か聞くべき事は無いか考えておこう。
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