チカラ 第8話



  奈穂は祐介の家へと向かっていた。
今日は日曜日ということもあり、昼すぎの時間でも電車はそれなりに混み合っている。
祐介から奈穂に連絡があったのは部活を終え、奈穂が家に戻った時だった。それからシャワーで汗だけ流して、すぐ家を出た。
もう少し早く言ってくれれば学校から直接行けたのに……とは思ったが、何か進展があったのなら、このくらいの移動は気にならないし、疲れも感じなかった。
奈穂は、一刻も早く方法を見つけ出したかった。おそらく祐介も同じ気持ちだろうし、宏輝やあかりだってそう思っているだろう。原因が分かっているのに、どうしようもない現状はもどかしい。
奈穂の中で、高田慶広に対する怒りは確固たる物となっていた。祐介から話を聞いて、自分でも色々な人に話を聞いている内に、怒りの感情は強くなっている。自分が何かをされたわけでは無いが、自分が被害を受ける以上に許せない気がする。人間とはそういうものなのだろうか。
電車を降りると5月のものとは思えない陽気のせいで、シャワーを浴びたばかりだというのに、汗ばんでくる。最近は天気もなんだか晴れたり、雨が降ったり忙しいな。と、奈穂は思った。
なんだかすっかり慣れてしまった祐介の家に向かう道を歩く。
いつもと同じように、家の前に到着すると、祐介の携帯電話に電話をかける。祐介はすぐに電話に出た。家の前にいることを伝えると、祐介は「今行く」とだけ言って、電話が切れた。
祐介はすぐに奈穂の前に姿を現した。日曜日ということもあり、私服だ。だらしなく見える服装の中にも、さりげないお洒落をしているのは流石だなと思う。
「わざわざ呼び出しちゃって、悪いな」祐介が申し訳なさそうに言った。
「気にしないで。何か理由があるんでしょ?」
「ああ。まぁ、それについては中に入ってから話すとしよう」
祐介は奈穂を家の中に入るように促し、自分も家の中へと入っていく。
「おじゃましまーす」奈穂も、祐介に続いて家にあがりこむ。
「今俺一人だから、遠慮しないでくれていいぜ」
「おばあちゃんは?」
「ばーちゃんは、友達と温泉旅行に行ってるんだ」
「へー。もしかして一人で寂しくて、私を呼んだとか?」冗談っぽく言う。
「そんなわけねーよ」祐介がそういった所で丁度、部屋に到着した。部屋に入り最早定位置となった所にお互い腰掛け、続ける。
「今日はなんというか、作戦会議というか、具体的な話をしたいと思ってな。俺もあれから色々調べてみたんだが、やっぱり高田慶広が宏輝をいじめていたっていうのは事実っぽい」祐介の声は怒りを堪えているようにも聞こえたが、どこか寂しそうにも聞こえた。
「やっぱりね。私も、仁美に話は聞いてみたのよ」
奈穂は仁美から聞いた話を、かいつまんで話した。祐介は奈穂の言葉を、何かを考えるような素振りを見せながら、たまにうなずいて聞いていた。
「それにしても、堀仁美の記憶力、観察力は凄いな……」奈穂の話が終わると、祐介が言った。
「私も驚いたよ。その時もう宏輝のことを知っていた私でも気付かなかった事に、気付いてるんだもん」
「いや、奈穂ちゃんが気付かないのは当然だと思うぜ。高田慶広は用意周到だ。宏輝と親交のある人間には絶対気付かれないようにしただろう。ノーマークの堀仁美だからこそ気付けたんだろう。奈穂ちゃんが気に病むことは無い」
「それでも、やっぱりちょっと悔しいな」
「だからこそ、今こうやって方法を考えてるんじゃないか。過ぎたことを悔やんでも仕方ないぜ。俺たちは少しずつ前に進んでいる。それだけは確かだからな」
祐介の言葉には説得力があり、奈穂は精神的にかなり救われた気がした。
「でだ、堀仁美がそういう現場を覚えているなら、高田慶広が宏輝をいじめていたというのは間違いないだろう。前も言ったが、堀仁美が嘘をつく必要性は0だからな」
祐介はそこで一度言葉を切り、奈穂の方を見た。奈穂は異論はないというようにうなずき、言葉の続きを待った。
「実は今日は、もう1人ここに来ることになっている」
「え?誰が来るの?」
「この前、高田慶広のグループ内に、協力してくれそうな人がいるって話をしただろ?そいつだよ。松野俊ってやつだ」
松野俊、その名前に奈穂は聞き覚えがあった。確か中学の時同じクラスだったはずだ。
素行は良くなかったが、奈穂と成績を競い合っていたと記憶している。だが、松野が高田慶広のグループの一員だとは知らなかった。
「松野は中学の時同じクラスだったから知ってるけど、あいつも高田のグループのメンバーだったんだ?」
「ああ。高田慶広も松野俊のことは結構信頼していたみたいだな。松野は結構頭が切れるからな」
「そんな松野が何で高田を裏切るっていうのよ?」
「間違ったグループには、不満も絶えないってことだ。松野は高田のイエスマンに収まる器じゃなかった、ってとこだな」
「我慢できなくなったっていうこと?」
「そういうこと。そして松野俊がこっちの側についてくれれば、一気に物事を進めやすくなる。高田は松野のことを信頼しているから、情報はどんどん入ってくるんだ」
奈穂は祐介に感心していた。元々只者ではでは無いと思っていたが、ここまでとも思っていなかった。だが、奈穂は松野俊という人間をそこまで信頼して良いのか疑問だった。
奈穂の知っている限りでは、松野はクールで何を考えているか分からないところのある、不気味な印象なのだ。高田慶広とつるんでいるようには思えなかった。
「でも、そこまで信頼されてるっていうのに、そんな簡単に裏切るものなの?」 「人間なんて、そんなもんさ。愛し合って、将来を誓い合ったはずの夫婦が離婚することだってあるんだから、それくらい普通のことさ」
奈穂は何を言っていいのか分からなかった。
祐介の両親は離婚しているのだ。祐介が中学生の時、父親が他に女を作っていなくなってしまったらしい。祐介が水鳥学園に転入してきた理由でもある。
母親は再婚し、今は別の男と暮らしているが、それに馴染めずに祐介がおばあちゃんの家に逃げてきたことを奈穂は知っている。
「そろそろ松野が来る頃だと思うぜ」祐介が携帯電話の時計を見て言った瞬間、祐介の携帯電話に着信があった。
「ほらな」そう言ってにやりと笑う。
奈穂は話題が変わったこと、そして祐介が笑ったことに安心した。触れてはいけないことに触れてしまった気がしていたのだ。
電話は二言、三言会話を交わしただけで切れた。
「下まできているらしいから、ちょっと行ってくる」それだけ言い残し祐介は部屋を出て行った。

祐介が部屋に戻ってくるまでそう時間はかからなかった。部屋に戻ってきた祐介の後ろには松野俊の姿もある。
松野は奈穂に気付くと、少し驚いたような表情を見せたが、すぐにポーカーフェイスに戻った。
「二人ともお互い名前くらいは知ってるみたいだから、紹介はいらないな」祐介が言った。「だから、早速本題に入らせて貰うが、悪いけど奈穂ちゃんにも俺にした話と同じは無しをしてくれないか?」
松野は祐介に促されたとおりに話し出した。松野俊の淡々とした口ぶりに新鮮さと、少しの違和感を感じた。
話の内容は、聞いたことがあるようなことが多かった。高田慶広達のやった事、その理由、祐介が言っていた通りだ。祐介の情報源が松野だったのだから、それは当然のことと言えるだろう。
松野が一通り話を終えたところで、それまで黙って聞いていた祐介が口を開いた。
「奈穂ちゃん、何か気になることがあったら今の内に聞いておいた方がいいぜ」
松野はそれを受け入れるように、うなずいた。奈穂は気になったことを遠慮せずに聞いてみることにした。
「どうしても気になるんだけど、何で私達に話をする気になったの?高田を裏切る覚悟があるってことなの?」
「裏切るも何も、俺は元々慶広のことは信頼してない」その一言に奈穂は面食らってしまった。
「じゃあ何で高田達と一緒にいるのよ」
「一緒にいれば退屈しないと思っただけだ。もっとも、それも勘違いだったようだけどな」
「どういう意味?」
「俺が慶広のことを買い被りすぎていたってこと。あいつは自分の思う通りに行かないと気が済まない、ただのガキだな」冷たい口調だった。
奈穂は、松野が冷静すぎることに驚いていた。元々クールなタイプだとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。それに、人を見る目はありそうな気がする。
タイプは全然違うので何故だかは分からなかったが、どこか祐介と似ている気がした。
その祐介は無言で二人のやりとりを見つめていた。おそらく祐介も色々なことを考えてくれているだろう。奈穂は質問を続けることにした。
「じゃあ何でずっと行動を共にしてるのよ?」
「さぁな、したくてしてる訳じゃない。俺の方からあいつに近づいていったのは最初の内だけだ。最近は向こうからやってくる。それを拒否するのも面倒だからな」
「だから、私達に協力してくれるっていうの?」
「別に協力してるつもりは無い。うまくいけば厄介払いになるし、それに」松野は祐介の方をちらっと見て、少し笑ったように見えた。「それに、三澤と慶広が正面からぶつかりあったらどうなるのか、興味がある。どう転んでも今より面白くなりそうだ」
奈穂は直感的に、松野が嘘をついていない気がした。味方かどうかは分からないが、少なくても敵ではない。それは間違いないように思える。
ちらっと祐介の方を見ると、祐介は笑みを浮かべていた。それがどういう意味の笑みなのか、奈穂には分からなかった。
「だいたい分かったわ。ありがと」奈穂は質問は終わりという事を伝えた。
それを待っていたかのように、祐介が口を開く。
「それでだ、これからの事なんだが。結局、奈穂ちゃんと俺は出来る限りの方法を考えるしかないと思う。松野は、どんな小さな情報でもいい。高田の情報を、特に宏輝やあかりちゃんに関係する情報が分かったら俺に教えてくれ」
奈穂は松野の様子を盗み見た。
「そういえば、昨日、慶広と梶本が会ってるはずだ」松野は表情を変えないまま言った。
「どういうことだ?」返事をしたのは祐介だった。奈穂は祐介に任せて、やりとりを見守ることにした。
「俺はかったるかったから、同行はしなかったんだが、忠告しに行くとか言っていたような」
「忠告……か。高田慶広らしい、嫌な言い方だ」祐介が呟いた。「とにかく、それは気になるな。ここにきて高田慶広が突然宏輝に接触した。何かがあったのは間違いないだろう。その辺のことは知らないか?」
「さぁね。まぁ、慶広が梶本に"忠告"をするってことは、早坂あかりが関係してくるのは間違いないだろう」
「だな。その辺の理由が分かったら教えてくれ」
松野はうなずき、そして言った。「今俺が話を出来るのはこんなもんだ。そろそろ帰らせてもらう」
「ああ。今日はわざわざすまんな」
松野は何も言わずにうなずくと立ち上がり、部屋から出て行った。奈穂は声をかけることが出来なかった。

「何か、感じ悪いわね」松野が家から出て行くのを確認してから、言った。
「まぁな。あいつはああいう奴なんだ。あれだから、俺たちに話をしてくれたんだろう」祐介の言葉はもっともに聞こえたが、なんだか納得出来なかった。
「それはそうなんだろうけど、利用されているようで、気分良くないわね」
「松野が俺たちを利用しようとしてるなら、俺たちも松野を利用してやればいいんだ。松野からの情報無しでは、どうしようも無いのは事実だからな」
「そうね……。贅沢言ってる場合じゃないか」
「ああ。俺達は宏輝を助けてやらなきゃいけないんだ。それに、高田慶広はやっぱり許せねぇ。奴の鼻を明かしてやるのにも、松野は絶好の人材だぜ。高田慶広は痛みをしらなきゃいけないんだ」
またも祐介が頼もしく見えた。祐介に任せておけば、どうにかなるような気もしてくる。
「私に出来ることあったら、何でも言ってね。私も、今度こそチカラになってあげたい」
「奈穂ちゃんなら、きっとなれるさ。俺たちのチカラで、全てを元通りにするんだ。きっと、俺と奈穂ちゃんなら出来るはずだ。一緒に頑張ろうぜ!」
「うん。やれるだけ、やってみよう!」奈穂は自分の中で、祐介に対して特別な感情を持ち始めていることに気付いた。
でも今は、そんなことを考えている場合じゃないな。そんな風に心の中で呟いた。




 宏輝は何が何だか、どうしていいか分からなくなっていた。
過去の事、昨日の事、今の事、あかりの事、父親の事、高田慶広の事、考えたくないけど考えなくてはいけないことが多すぎる。
昨日買ったばかりの小説があるが、それを読む気にもなれなかった。
何もする気になれないといった方が正しいかもしれない。もし良いところまで読み進めて止まっている小説があったとしても、読む気にはなれないだろうと思う。
ちょっと油断すると涙がこぼれ落ちそうになる。誰かに泣きついてしまいたかった。
全てを投げ出して、ベッドに寝ころび天井を見つめていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「宏輝?今ちょっと大丈夫?」姉の美沙希の声だった。
「大丈夫だよ」少し億劫ではあったが、誰かと話した方が気楽かもしれないと思い、姉を受け入れた。
カチャリと姉にしては控えめな音をたてて、ドアが開く。美沙希は少し開けたドアの隙間から部屋に入り込み、ドアを閉めた。
「お父さん、明日の朝からまたどっか行っちゃうらしいよ。もし、何か話したいことがあるなら、今日の内だよ」
「話したいことなんて無いよ。もし話しても、無意味だもん」宏輝は投げやりに言い放った。
「そっか……宏輝がそういうなら、それでいいと思うけどさ……」姉はそこまで言うと、少し言葉に詰まった。何か考えているようだった。
「ここから先は姉の戯言だと思ってくれて良いからね。聞きたくなかったら、無視してくれていいし、何か反論があったらしてくれていいから」
美沙希は宏輝のことを見つめている。宏輝の反応を窺っているようだ。宏輝は小さくうなずき、姉が話を始めるのを待った。
何かに助けを求めたい気分だった。もしかしたら姉が助けになるような何かを言ってくれるのではないかと、淡い期待を少し抱いていた。
「なんていうんだろ……私が見てて思うことなんだけどね、宏輝はさ、一人ぼっちなんじゃないかな?別に一人で居ることが悪いって言うわけでは無いけど、辛いこととか苦しいことも全部一人で背負おうとしてるように見えるんだよね。凄く辛そうだもん、ここ最近の宏輝見てるとね」
宏輝は姉の正確な指摘に、少々驚いた。宏輝は他人を信じることなんて馬鹿らしいと思っていた。
自分があかりを裏切ることになってしまったように、人生なんて何が起こるか分からない、いつ裏切られるか分からないのだ。
信じるということは、自分が傷つく危険性を増やすだけのことに思えていた。
「一人では超えられない壁も、二人なら超えられるかもしれない。二人でも駄目でも、三人なら超えられるかもしれない。人間ってそういう物だと思うんだよね」
宏輝は黙って聞いていた。姉の言っていることは正しいようにも思える、だけど何だかそのまま受け入れる気にはなれなかった。
一人でいることは確かに辛いときはあるが、裏切られる辛さや、大切な人を裏切ってしまう辛さよりかは、全然ましに思える。
「でも、人間なんていつ裏切るか分からない。最後は自分のことを考えて行動するんだから」宏輝は思ったことをそのまま口にした。
宏輝のことをしっかり見つめて、話をしてくれている姉に対してずっと黙っているのは失礼なように感じられたのだ。
「そうね。確かに最後は自分のことを考える人もいると思うよ。だけどそうじゃない人もいっぱいいる。誰かの為に何かをするっていうのに達成感を感じる人は結構多いと私は思うよ。汚いところばかり気にしてちゃ、損だよ。綺麗なところもいっぱいあるんだから」
姉のその言葉は宏輝の心を揺さぶった。言われてみれば、確かに自分は嫌な部分ばっかりを見てきたかもしれない。
高田慶広や、汚い大人達ばかりに目がいって、家族に、奈穂や祐介、そしてあかりといった、自分を確実に支えていた存在からは意図的に眼を背けていたのかもしれない。
そう思うと、自分は悲劇のヒーローを気取っていただけなのかもしれないと思えてきて、情けなかった。
「ここからは完全に私の考え方だから、他の人がどう思うかは分からないんだけど、確かにね、他人を信じるっていうのは、凄い難しいことだよ。でも、人間は他人を信じることが出来るように作られてると思う。愛って言葉あるでしょ?」美沙希は宏輝から視線を外さずに、話を続ける。
「家族愛にしても、恋愛にしても、結局は相手を信じることなんだと思う。例えば1のチカラしかない人が二人いたとしてね、その二人が互いに信じ合えば、1+1が10にも100にもなると思う。そしてそのチカラはそのまま生きるチカラになる。辛いことはチカラを合わせて乗り越えられるんだよ」
「でも、それで信じていた人に裏切られたら、どうすればいいのさ」
「本当の意味で信じ合えていたなら、ちょっと行き違っても、また元に戻れるはずだよ。そうじゃなかったら、もっと信じられる人を見つければいい。世界は広いんだから」
宏輝は自分とあかりが、また元通りに戻れるのか考えて見た。やっぱり、高田慶広がいる限りそれは不可能な気がする。また同じ事を繰り返すだけにしか思えない。
自分の望む結果を出すためには、高田慶広はあまりにも高い壁に思える。
「もし、それを邪魔する人が現れたらどうすればいいの?」半ばすがるような気持ちだった。
「戦って勝つしか無いんじゃないかな」それが出来れば苦労しない。宏輝は心の中で吐き捨てた。
「相手が勝てないくらいの強敵だった場合は?」
「だから、そう言うときこそ誰かに助けてもらうのよ。一人では倒せない敵も二人以上なら倒せるかもしれないじゃない」
仲間ということか……。自分の仲間になってくれそうな人と言えば、祐介しか思い浮かばなかった。
もし祐介に全てを話して、頼んだら、祐介は宏輝の仲間になって戦ってくれるだろうか。祐介と一緒なら、高田慶広という壁を乗り越えられるのだろうか。
でも、それは祐介に悪い気がした。関係のない戦いに巻き込んでしまうようで嫌だったし、そのことを祐介に話すのが怖かった。
「なんか偉そうなこと言っちゃったけどね、私だってたいした人間じゃないよ。だけどやっぱり弟の事は心配だからさ、もし私でチカラになれることがあったら、遠慮せず言ってね。そもそも家族の間に遠慮なんて有る方がおかしいんだから」
「うん。ありがとう」宏輝はそれだけ言うのが精一杯だった。
姉がそこまで自分のことを気にかけてくれているとは思わなかったし、姉の言っていたことを全て受け入れられる訳ではないけど、参考にしたいと思ったことは多かった。
「じゃあ、私自分の部屋にいるからさ、何かあったら来なさいよ。電話かけてきてくれてもいいしね」
宏輝がうなずくと、姉は自分の部屋へ戻っていった。

一人残された宏輝は姉の言葉を思い返し、考えをまとめていた。
姉のいっていた信じられる存在、宏輝にとってのそれはあかりだったのだろう。昔は何でも話すことが出来た気がする。少なからず、今より子供だったからというのもあるのだろうが、やっぱり信じていたのだろう。そして、あかりも宏輝のことを信じていてくれたと思う。今はどうなのだろうか。
姉の言葉を信じるのであれば、また元に戻れる可能性だってあるはずだ。
それには高田慶広という壁が問題なのだ。そのせいで今はまともに話をすることすら出来ない。
そして、一人で簡単に越えられる壁では無いのは確かだ。やっぱり祐介や奈穂に助けを求めるしかないのだろうか。
ただ、もし上手くいかなかった場合、祐介や奈穂まで高田慶広に何かをされる可能性がある。自分のせいで、関係ない人が傷つくのは、もう見たくなかった。
結局何をどうしていいかは分からないままだ。
だけど、姉が自分のためにここまで言ってくれたということで、少し気持ちが軽くなった気がした。姉は自分の味方だと思えるようになった気がする。 今度どうしようも無くなったら、姉に話をしてみようか……姉は高田慶広の事は知らなくてもあかりの事は知っているし、仲が良いのだ。何か光を見つけてくれるかもしれない。
でも、それは最終手段ということにしよう。宏輝は心にそう言い聞かせた。
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